アイランドピーク登頂記
遠藤 桂氏は登山を愛し、1980年に冬期ヒマラヤ解禁と同時にアイランドピークに遠征、登頂を果たしている。 この物語は、若き日の遠藤 桂が経験したノンフィクション・ストーリ−である。





はじめての出国


 さあ、いよいよ、出国手続きです。
機内持込みのチェックを受けている時からドキドキしています。
とにかく初めてななことの連続です。登山家というのは金物と称していろいろな道具を持参します。ハーケンやカラビナ、五徳、コッヘル、生活道具を一式、持ち歩いています。山の中で一ヶ月近く生活をするのですから、仕方ないことです。
極力注意を払い、カメラ関係のチェックも難なく通りました。遠征に詳しい方の助言で、電算機を沢山持っていくと、後々役に立つことを聞いていましたので、20個ほど買い込んでゆきました。これが空港の人には怪しく見えたのでしょうが、「先発隊への届け物なんだ」と何とかごまかしました。今でこそ、トレッキングで海外に出掛ける人が増えましたが、1979年当時は、ほとんど目にすることがなく、空港の人達も何故かやさしく対応してくれました。

 搭乗券を見て、「カトマンズですか。もしかしてヒマラヤですか」
「そうです」
「気をつけてください」
20歳そこそこの若者が、対等に話し掛けられること自体、はじめての体験です。
急に、大人の仲間入りをしたようです。
友人との最後の別れです。
ガラス越しに手を振る仲間に見送られながら、エスカレーターで階下に降りていきます。
自動ドアの中に入ると重々しい空気が漂い、なんとなく悪いことをしてないか、気になります。パスポートコントロール、イミュグレーションです。 出入国カードに間違いがないか心配です。今はこの出入国カードも必要ありません。長い列の最後尾に並びます。30分近く経ち、自分の番です。係官は、一言も言葉をしゃべりません。それが、なかなか緊張感をあおります。思っていた程難しいことはなく通過して、はじめて日本を出国、もう再び日本の地を踏めないような気がして少し寂しい気がします。ふと振り向くと2階のガラス越しに、別れたはずの友人の大きく手を振る姿を見付けました。何と心強く思えたことか、必ず戻ることを心に誓い、私も手を振り返し、別れを惜しみました。





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