アイランドピーク登頂記
遠藤 桂氏は登山を愛し、1980年に冬期ヒマラヤ解禁と同時にアイランドピークに遠征、登頂を果たしている。 この物語は、若き日の遠藤 桂が経験したノンフィクション・ストーリ−である。





ネパール入国

12月21日(金)19:00

イミュグレーションで1時間ほど待たされて、いよいよカトマンズ。
カメラ、ムービーなどのチェックはザックにチョークのみ、ほんとに大丈夫かなと心配してしまう。
電気もついていない空港。天井が低く、後に訪れたマイアミビミニの空港に光の感じが似ていたような気がします。外の光が強く、人々はみなシルエットで、なかなか雰囲気がある。
そんな中にも優雅な人がいるもので、ダックスフンドを連れた御婦人が降りてきます。 沢上さんがいうには大使館の人だろうとのこと。やはり庶民の自分達とはだいぶ違うなあああ。

50$=515RS空港で交換。
$を持つのも初めて、そしてそれをネパール通貨(ルピー)へ交換。
お札の量が半端ではない。お金持ちになった気分。

沢上さんへ連れられて空港の外へ、いよいよ憧れのカトマンズ。
「ナマステ、ナマステ」「ナマステ」
「ナマステ、ナマステ」「ナマステ」
神々の国、ネパール。

中学校の図書室で読んだ挨拶。しかしイメージが少し違います。 なんとなく、のんびりと、時がゆっくり流れていくはずが、 大人は「車、車」子供は「マネーマネー」 空港の外で外国人を見ると、客引きの競争。
活気があるのか、商魂逞しいのか、怖さを感じてしまったのは私だけでしょうか。

コテージオーロラ。
今日の宿、旅籠、1泊50RS、高いのか安いのか、全然分かりません。
すべてが、はじめて。

トヨタ自動車の駐在員邸へ招待をうけた。
ビデオテープレコーダーがある。
当時、まだ珍しかった最新機械を羨ましく思ったのを覚えています。
今の一部の若者は節度なく、ブランドものやら色々自由に欲しいものを手に入れます。
当時の若者は節度があり、わきまえた生活をしていました。
日本人の控えめな美徳が懐かしく思えます。

洋画の中でよく見かける、ホームパーティーを初めて体験しました。
普段はトリスかホワイト。オールドはお金があるとき。
ジョニーウォーカーの赤ラベルは特別、黒なんぞが出てくるとお祝い。
テーブルの上には、オードブル(これがとてもうまい。)が何十品か。

ネパール初日、コテージオーロラに辿り着いたのは深夜11時を過ぎていました。

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